趣味のみぞ語るセカイ

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【レビュー】三日間の幸福(三秋縋)

 自分の寿命がいくらだったら買い取ってもらうだろう・・・

 

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 自分の寿命が分かったり、自分の寿命を売り買いしたりできたら、私自身もう少し自分の人生を真剣に見つめ直し、一日一日を大切に生きるかもしれない。

 

 この作品では寿命を査定し、寿命・健康・時間の売買を行える店が存在する。主人公のクスノキは自分の寿命を最低査定価格の1年1万円で売却し、30万円を手に入れる代わりに余命が3か月となってしまう。おまけに監視員の女性、ミヤギに生活を監視されてしまう始末。そのような状況で、残りの人生「3か月」をどう過ごすのだろうか。

 

 作品の中身は是非読んでほしいのでここではあまり語らないことにしてここで取り上げたいのは他でもない「命の価値」である。

 この物語は当然ながらフィクションなので実際に寿命売買することは不可能である。では、現状で命を価値化する際の基準は何になるだろうか。単純に考えれば「年収」×「働ける年齢」なのだろうが、それではあまりにも命の価値が「金」に寄りすぎている。そこに「結婚」だったり「家族」だったり、あるいは「一般的には経験できないこと」だったり様々な要素に作用されて命の価値が産出されると考えるのが普通である。

 では、現在の自分の命の価値はというと・・・「分からない」というのが正直なところである。否、現在に限らず、「未来の自分の価値」はもちろんのこと、「過去の自分の価値」ですら、「分かるわけがない」のだ。過去の何が「原因」となって、未来の「結果」に繋がるか、そんなの分かりっこない。過去に「失敗」だと思っていたことが、未来の「大成功」に繋がるかもしれない。だから、「命の価値」なんて図れないのだ。

 

 何が言いたいかというと、「自分の価値を勝手に値踏みするな」ということである。本作では主人公のクスノキが言われるがままに自分の寿命を売ってしまったが、そんな風に自分の命を勝手に投げてはいけない。生きている限り何かがある。生きていないと何もしようがないのだ。

 

 上記したことも念頭に置いて、クスノキとミヤギの3か月間を追ってみてほしい。